コンパスと定規団
正多角形の頂点を表す式は $x^{n}-1=0$ なんだってね。
これが1のN乗根 $1=x^n$、すなわち解が1のN乗され元(根)ってことかw
いけませんな。 あくまで観賞用にひっそりと人知れず存在する式を荒らしまくってわ(^^;
カウスは正17角形の作図法を、$x^{17}-1=0$ が二次方程式を繰り返し解けば求まることを発見したとか。
まったく数学者ってのはロクなこと思いつかんやっちゃな~。 ん~~~~寝ろっ!!( °Д°)クワッ
作図はまず、任意の二点の片側を0、片側を1として、これを線で結んだものが実軸で、それと0で直交した線を虚軸とするのがガウス平面という複素空間なんですな。
いかにも互いに素なフリーフォーマット、ベクタリアンの萌芽を感汁。
このガウス平面上で、定規(線の引けるもの)とコンパスで位置が特定出来れば”作図可能”。(ง・ิω・ิ)ง
N が偶数の時に作図可能なのは常識のようだが、幸い(?)数学オンチにそんな差別はない。( ・`ω・´)
N は単位円 $2\pi$ を等分割する点の個数になる。
結局、(1のN乗根の)解集合共は $\xi^k_n(k=0,1,\cdots , n-1)$ などと表現出来て、その和が0。
あ、1も解なんだな。 それと合わせて巡回群をナスというわけですわ。
あのガウスが思わず”数学の女王様!! <●>π”と呼び恐れおののいた。 それわわかるで!!( °Д°)クワッ
これがリー群のルートベクターの角度制約から、ミューたんトのクラス分類に繋がるンですな。
フリーメーソンのシンボルマークは、コンパスと定規とガウスのGだった!!(と仮定汁)
いや、グループ(群)のGもあるで!( °Д°)クワッ
さて先週は、きっかけとして置き換えというものを多少強引に導入したわけだが。
これは、群論というものがラグランジュが方程式の解の根を置き換えたことが起源らしいからね。
未定乗数とかで有名なあのラグランジュである。 いかにも無理筋でも方程式を解きたそうだw
彼は一般化座標、運動量も考案している。 これはどんな座標系でも成り立つ法則性ということで。
俺様基底をとれるベクトル空間やテンソル積という俺様代数的構造に繋がっていくわけだ。
その構造は可視化されなければならない!てなことなんだな。(矢印ゲー)
関数(写像)のチェインはブラックボックスだが、入出力はデータとして見えている。
物理現象などはすべからくそれなのだ。 恣意的な素子の連結は任意の回路の生成を可能にする。
風が吹けば桶屋が儲かる方程式はロジック(の連鎖)があるハズ。
埃が目に入る→盲人が増える→三味線が売れる→猫が減る→ねずみが増える→ねずみが桶をかじるてな。
対象や作用がなんであれ、置き換えあみだくじが集合要素に一対一対応することは普遍的な性質なのだ。
根の置き換えをしても方程式は変わらんことに気付き、それが群の根(ルーツ)らしかった。。
ん? 逆元が存在するのはわかるが、なんで単位元 $f(a)=a$ なんてものが存在するのが条件ナン??
これは変換の変換点、つまり対称性があるということらしい。
なんか、いかに(もっぱら欧州の)物理学者の間に群論ペストが蔓延したかがわかるような。。
(しかし、現実には対称性は破られているわけだが。)
数学Ringsを創造したのがヒルベルト率いるドイツ勢なら、競技の覇者を標榜したのがフランス勢かな。
(消費勢を育てよう、なんていう卑しい寄生虫国家もあるようだが。。<●>ギロ )
それだけ、数学というものに立国的な Pride を持ってるんだね。(ง・ิω・ิ)ง
なのに、なんでイギリスで産業革命が起きるんだという。
フランツ王国のブルジョワジー(仏)とプロレタリアート(英)の価値感の違いだね。
ニュートンとかw微分はライプニッツだろjk的な。 ヨーロッパ本州からしたらね。
神とは思考(至高)の最大公約数である。 m9<✡>
(;o_o) <●>π ( ) ( )