振替輸送ベクター
風の強い日に花粉症になったった。
みんな電車の中でもマスクしてたけどね。
本当にヒドイ。。 特にブドウ膜炎リスクがあるから臆病にならにゃ。
春先はいつも罠なんだが、散策にはちょうどいい天気なんだよな~。
というわけで、おとなしく圏論やりますw(今年の冬はもう終わっとるのでさわりですが。)
ちょっとボケまくってるんで、にわかに入っていけませんが。
去年の夏、”圏論とは自然変換というものを説明するための道具として考案されたものらしい。”
てなこと言ってるんだよね。
そもそも、それはどういうことなの?ってのがわかってないとね、と思った次第。
まず、上記で$a\to b$が普通の関数とか写像というものだとして、これが対象$a$から対象$b$への射などと言うのだった。
(射により0に移されるaの元全体が核だが、これについてはまだよくわからない。)
ITの世界ではmapなんて呼ばれてるのがそうだ。
で、それに名を付ければxx圏になるんだよね?
わかりやすく首都圏にしてみましたがw
で、圏から圏への”射”を関手と言うのだった。”階層が違う”ってのが何気に肝だけど。
イントラネットとインターネットの違い。
ちなみに、群論なんてのはこういう”発想”が元になってるようで。
グルーピングの心とは、何を同じと見做すのか?ってことだね。
ここまではわかってるつもりなんだけどさ。自然変換って何?何が”自然”なの?
ってことを突っ込むのが科学の姿勢だした。
こんな図載せてたんだけど。
この例で言えばηってのがそれぞれ関手なんだよね?
そこで、ηB○f=T(f)○ηAっていう経路の異なる自然な変換が(図”式”として厳密に)成り立ちますぜってことだろう。
な~んだ、つまんにゃい。( ・ิω・ิ)ナンノコッチャ ( ) ( ) シ~ン
本当はね。関手じゃ自然変換じゃなんてどーーーでもエエのよ。
言葉や決め事は大事だけどサ。本質的にはホントにどーーでもエエ話であってだな。
始点(始対象)があって終点(終対象)がある。その経路を何本かぐにゃぐにゃテキトーーーに手動で描く。
それらは数学的に完全に一致汁よね?ってのが数学の心でしょう。
それを関数と呼ぼうが作用と呼ぼうが演算と呼ぼうが死神と呼ぼうが、どーでもエエ。
人間の終点は決まっとる!( °Д°)クワッ
(;o_o) <●>π ( ) ( )